それは、ある夏の初めの夕暮れ。

濃いオレンジと水色の混じる空に、
ダイアモンドみたいな星がひとつ、
きらりと輝いてた。

アナタみたい。
そう思ったら、
涙が出た。


 
「プレゼント」 

 
7月3日、土曜日の夜。
いつもの仲間たちが集う、行きつけの店。
仁の26歳のバースディを祝うために、大勢の人が集まった。
このままここで日付が変わるのを待って、7月4日の12時ちょうどに
みんなでHappy Birthdayを歌うことになっている。

すでにかなりの量のアルコールがみんなの喉を通って胃袋に収まっていた。
当の仁もなんだかあちこちを楽しげに渡り歩いたか思うと、
店の端にあるフカフカの真っ赤なソファにどっかりと腰を下ろし、
近くに立っていたアタシを手招きすると、そのまま隣に座らせた。

それなのに、なぜかちっともアタシの方を見てくれない。
さっきからずっと、反対側に陣取った、
仲間内でもかなりキレイと評判の女の子や
目立つ男の子と話している。

席を立つこともできず、話しかけることもできず、
アタシはハイボールの入ったグラスをカラカラと揺らしながら、
ゴキゲンな様子で笑っている仁をボンヤリと見ていた。

突然仁がアタシを振り返る。

「ん?」
何か問いたげなアタシの様子を察したのか。
小首を傾げてアタシの顔を覗き込む。

「なに?どした?」

アタシは咄嗟に目を逸らす。

やだ。

こんな顔見られたら、きっとすぐバレちゃう。
・・・アタシの。
キモチ。

「仁は・・・このままずっと、アメリカにいるの?」

本人なんか無視して盛り上がり続ける大勢の仲間を横目で見ながら、
知らず知らずアタシは訊いていた。

そんなこと、訊くつもりじゃなかったのに。
なぜか、咄嗟に口をついて出ていた。

それはきっとアタシの中でずっとずっと蟠っていたことで。
ずっとずっと、気になっていた。
もしかして、もうこのまま、仁は日本に帰ってこないんじゃないかって。


LAでのソロライブで大成功を収めた仁が、
全米ツアーという大きなお土産を引っ提げて
意気揚々と帰国したのは先月の終わり。

つい1週間ほど前のことなのに、もうずいぶん昔のことのような気がする。
なんの前触れもなしに突然仁は帰ってきた。
もちろん、アタシは何も知らされていなかった。
だから、突然メールが来たときはすごく驚いたし、嬉しかったし、
同時にどうしたらいいかわからなかった。

「いま、成田。ただいまー」

ただそれだけの、そっけないメール。

・・・どうしたらいいのかな。
返信・・・する?

でも、特に何か質問されたわけでもないし、
これから何か約束をするわけでもない。
同じメールを遊び仲間全員に送ってるのかもしれない。

さんざん考えた挙句、結局アタシは
「おかえり。」
たったそれだけの、仁からのメールよりもっとそっけない返信をした。

それから今日までお互い電話もしなければメールもしなかった。
このバースディパーティと銘打った飲み会も、
会社のトモダチから誘われた。

3年前の仁の誕生日に初めてアタシを仁に会わせたのも、
そのトモダチだ。
「昔のトモダチのトモダチが今日誕生日でさ。飲み会やるから、オマエも来る?」
「んー、そだね、行こうかな」
何の気なしに参加したその飲み会で、
まさかそれから長い間ずっと片想いする相手に出逢うなんて、
あのときのアタシは欠片も予想していなかった。

仁と会えるのは、仲間内で遊ぶ時だけ。
何回目かの飲み会のとき、初めて1対1で話をした。
外でケータイを使った後、店の中に戻ろうとしたアタシは、
入口へと続く階段のところでちょうど電話し終わった仁と
偶然鉢合わせた。

「んー、ん、オッケー、わかった、ん、じゃ、あした」
そう言いながら、仁はチラリとアタシの方を見て、
ケータイを持っていない右手を広げて「ストップ」のジェスチャーをした。
突然のことにアタシの心臓はそれこそ口から飛び出るんじゃないかと思うほど、
ドキドキと大きく波打っていた。

ケータイをジーンズのポケットに押し込むと、仁はアタシを見てこう質問した。
「仕事、ナニしてんの?」
「あ、えと・・・フツーの、OLです。営業の、アシスタントです」
「ふーん。会社、楽しい?」
「・・・楽しいっていうか・・・フツー、です。あ、でも、みんな仲はいいです。
でも・・・楽しいかっていうと・・・んー・・・仕事ですからね・・・
あ、でも、楽しいときもあるかな、やった!って達成感のある仕事できたときとか・・・」
「へえ」
「・・・」
「いっしょだね」
「へ・・・?」
「いっしょじゃんって。なんか、前、アタシ場違い、みたいなこと言ってたじゃん?
 ここ、ゲーノージン多いし。でも、いっしょだよ、いっしょ。
 オレもいっつもそう、やっぱ仕事だし楽しくないときもあるし、でも仕事だしやんないといけないし、
 逆に自分のやりたいこと思い切りやれたときはすげえ楽しいし」
うつむき加減でボソボソとしゃべりきると、仁は人懐こい目をアタシに向けてニッと笑った。

「いっしょ、でしょ?」

それまで、世界の違う人、アタシなんかとはきっと一生接点のない人って思っていた仁が、
向こうから境界線を越えて、アタシの目の前で笑ってた。


そのときに交換したメールアドレスはそれからずっとアタシの宝物になった。



「仁は、もう日本には戻って来ないの?」
何も言わない仁に続けてアタシは訊いた。
今のこの場ではどう考えても場違いな質問だって、アタシだってわかってる。
最初は自分でも予想もせず出たその言葉は、でも、アタシの中で
確実に答えを訊きたい確信的な言葉に変わっていた。
どうしても訊きたかった。
もし答えがアタシの望まないものだったとしても、
トモダチ伝えや報道で知るよりも、それを本人の言葉で聞きたかった。

それくらいは、いいよね。
それくらいは、望んだっていいよね。
怒らないで応えてくれるって、信じてて・・・
いいよね?

アタシはじっと仁の目を見る。
仁も、酔っぱらってることを忘れたようなしっかりした視線でアタシを見てる。

その時。

店の照明が一斉に落ちたかと思うと、
26本のロウソクが灯ったバースディケーキの登場と同時に、
Haapy Birthdayの大合唱が始まった。

ハッピィバースデイ、トゥ ユー
ハッピィバースディ、トゥ ユー
ハッピィバースディ、ディア ジン
ハッピィバースディ、トゥ ユー

ネイティブスピーカーだらけの合唱の中、
アタシの歌はカタカナで綴るように浮いて聴こえる。

でも、いいんだ。
だって、祝うキモチはいっしょだもん。

満面の笑顔でロウソクを吹き消して、
何人もの友人とハイタッチしたり抱き合って何か英語で言い合ったり、
そうしてしばらく祝福に包まれた仁は。

みんながまたそれぞれの喧騒の中へ戻って行った後、
アタシを手招きしてこう言った。

「戻って来てる・・・じゃん?」

「や、違うでしょ、そーゆーことじゃなくて・・・」

思ってもいなかった答えにとまどうアタシを更に手招き。

「オレ、今やりたいこと、やってんの。
 それって、日本がいいとかあっちがいいとか、そーゆーんじゃないし。
 今、やりたいって思うことが、たまたまあっちだっただけだし。
 なんでそんなこと気にすんの?」

なんでって。

それは、ただ単に。

アタシは、アナタに逢いたいだけで。
アナタに、逢いたいだけで・・・

好きだから。

アナタが夢を叶えるのはうれしい。
でも、切ない。
だって、それは同時に、アタシがアナタに逢えなくなることだから。

遠く離れてたって、だいじょうぶだって思える、
そんな約束や誓い、
アタシはもらえないから。

言葉はひとつも出て来なかったけど、
アタシは仁から目をそらさなかった。
唇をかみしめて、アタシはずっと仁を見てた。

ふっと笑顔を見せて、仁がさらにアタシに近づく。
アタシの耳元に顔を寄せて、掠れた声でそっと呟く。

「オレが、帰って来たくなるように、オマエがしてみてよ」



宴がお開きになって、
見上げた空には夜明けの月。

遠いようで近い、
近づいたと思ったら遠くなる。

だけどアタシのキモチだけは、
何があっても揺るがない。

そしてその揺るがない想いだけを、
きっとアナタは信じてる。

信じて、いつか、
また逢える日を、
アナタ自身が願ってる。

アナタの26才の誕生日、
アタシがアナタにあげられるプレゼント。

そっとリボンをほどいて、
大きな期待と少しの不安を抱きながら、
その白い箱を開けてみてね。

きっと、それはアナタを。
光のある空へ導くから。