32. なんていったらいいんだろう、こんなキモチ。 生まれて初めてなんだ。 声が聴きたくて、笑ってる顔が見たくて、早くその頬に触れたくて。 朝が来るのが、こんなに待ち遠しい。 「っはよー♪」 ゴキゲンな調子でスタジオに入るとメンバーが怪訝な顔でオレを見た。 「はよ」 「どしたの、午前中なのに笑」 「めっずらし・・・」 次々に飛んでくるからかうような調子の声、声。 でも、それも仕方のないことだ。 午前中の仕事のときのオレの機嫌の悪さと言ったらそれはもう折り紙付きだったから。 いや、別に機嫌悪くしてたわけじゃないんだけど・・・ ただ単に、朝がニガテでテンションが上がらなかっただけなんだよ。 でも、今思えばそれはやっぱり機嫌が悪かった・・・というか、 どこかいつも投げやりなキモチで仕事に向き合っていたのかも。 「んだよ、うっせーな、早くやっちゃおーぜっ、ほらほら、お仕事お仕事!」 メンバーの頭を台本で叩きながら、自分でも声が弾んでいるのがよくわかる。 あのクリスマス以来、すべてにおいてこの調子だった。 25日の朝、笑顔で手を振って帰って行った。 あの日の夕方、一度だけオレのケータイにメールが入った。 「宮園さんに連絡してくれてありがとう。レイといっしょにマンションに戻りました」 たったそれだけの短いメールを何度読み返したかわからない。 好きともなんとも、甘い言葉なんて欠片もない、絵文字も何もないメール。 今までのオレなら、きっと満足しなかっただろう。 好きな相手とは片時も離れたくなかったし、 離れているときは好きだ、愛してる、早く逢いたいって何度もメールを欲しがった。 でも、今は。 どこかでアイツがシアワセに笑ってる。 そう想うだけでなんだかオレまでシアワセになって。 身体の奥のほうからやってやろう、やるんだってキモチが湧いてくるんだ。 こういうの、なんていうんだろう? これが本当に人を愛するってことなのか? だったらオレが今まで愛だと思い込んできたモノはいったいなんだったんだろう。 今のこのキモチを伝えたら、アイツはなんて言うのかな。 「なに言ってんですか!」 そう言って、真っ赤になって、そしてまたシアワセそうに笑うのかな。 そんなことを考えながらリハーサルの準備をしていると、亀梨がオレの隣に並びながらこう言った。 「さん、さ。ザンネンだったよね」 「・・・?」 ザンネン、って?何が? 「えっ・・・?・・・って、オマエ・・・聞いてないの・・・?」 無言で首を傾げるオレを見て、気まずそうに言葉を濁す。 「なに?アイツ・・・、さん、どしたの・・・?」 「や、いつだったっけ、イヴの日・・・?辞めるって、ここの仕事。オレ、昼間彼女の送りだったんだけどさ、 そん時そう言ってたんだよね・・・オレも詳しくは訊かなかったんだけど、今までありがとうございましたって、さ」 なに・・・? なに言ってんだよ。 辞めるって? ダレが・・・? なおも言葉を発することができずにいるオレを見ながら、亀梨は更に続ける。 「昨日、オレ、事務所行ったんだよ。そん時、スタッフの子達が話してて・・・さん、会社辞めて、 実家・・・?どこだっけ、京都・・・?に帰るんだって。明日の新幹線だって言ってたから、たぶん、今日・・・?」 目の前が真っ白になるなんて、そんな大げさな表現って今までは思っていたのに、 この時のオレはまさに目の前が真っ白の状態で、亀梨の言っていることがすぐには理解できないでいた。 ダレが、だよ。 ダレがどこに行くって・・・? 何にも聞いてない。 オレは。 何にも聞いてないんだよっっっ・・・ 「何時だよっっっ?!」 気づいたときには自分でも驚くほど大きな声で、オレは亀梨に詰め寄っていた。 「・・・ちょっ!!!赤西っっっ!!!」 他のメンバーが驚いて駆け寄ってくる。 構わずオレは大声で続けた。 「だから、何時の新幹線だって訊いてんだよっっっ!!!」 「やめろってっ!あかにしっっっ!!!」 「んだよっ、なんでテメーがそんなキレてんだよっっっ!!!」 掴みかかろうとするオレの手を振り払いながら亀梨が叫ぶ。 「アイツがっっっ・・・!!!がいなくなるなんて、オレはいっこも聞いてねえよっっっ!!!」 振り絞るように吐き出したオレの叫びは、静まり返ったスタジオに虚しく響いて消えていった。 大きく肩で息をしていた亀梨が呟くように言った。 「今日の、11時・・・半?たしか、そんな時間だった・・・スタッフの子も、うろ覚えだったみてえだけど・・・」 スタジオの、大きな鏡の上の時計の針は、10時47分を指していた。 「・・・ごめん・・・」 そう小さく告げるとオレは踵を返してスタジオを飛び出した。 誰もオレを止めなかった。 どうして?どうしてだよっっっ・・・ なんで黙って行くの??? なんで??? 黙って行くってことは・・・ もう逢えないってこと・・・??? オレとはこれっきりってこと・・・??? なんで・・・???どうしてだよっっっ・・・ 「・・・わけわかんねぇっっっ・・・!!!」 タクシーはすぐ捕まった。 東京駅まで・・・ 何分?? 年末の都内の道は混雑していて、思うように進まない車の列が、オレの動揺を更に掻き立てた。 「お客さん、東京駅ならこっから歩いてもらったほうが早く着きますよ」 溜息をつきながら運転手がオレに言った。 無言でうなずいて、オレは車道へ飛び出した。 走って、走って。 いつぶりだろう、こんな風に死に物狂いで走るのは。 ・・・。 オレ、オマエのことになると、こんなんなんだよ。 笑えるよね。 笑ってよ。 いつもみたいに。 ねえ、笑ってよ。 新幹線のホームに続く階段を駆け上がり、オレは力任せに叫んだ。 「・・・っっっ!!!どこだよっっっ?!っっっ!!!」 ホームにいる人々が振り返る。 指をさして、小声で何か言っている。 それでも構わない。 今、オレは、ゲーノージンの赤西仁じゃなく。 どこにでもいる、ただアイツに夢中な、一人の男だ。 「!!!どこにいんだよっっっ!!!返事しろよっっっ!!!」 ホームに響き渡る発車のベルにオレの声はかき消される。 そのとき。 「あかにしさんっっっ!!!」 レイ。 レイの声。 「レイッッッ!!!」 振り返ったオレの視界に、デッキから身を乗り出したレイの姿が飛び込んできた。 「あかにしさん!!!」 「レイ!!!」 駆け出したオレに向かって、レイがなおも叫ぶ。 「あかにしさんっ!ちゃんは、ホントはっっっ!!!・・・」 最後の言葉を遮るように、扉が閉まった。 の姿は見えなかった。 扉を叩きながら、レイが何かを叫んでいる。 それから、大きく手を振った。 「さよなら」 唇がそう動いていた。 さよなら。 さよ、なら。 ・・・。 それは、オマエの言葉なの・・・? こうして、は、 オレの前からいなくなった。