YOU & I。
それにはふたつの意味がある。



「A Page」



「んー・・・」

けたたましく鳴り響く目覚まし時計に、
泥のように眠っていた脳が急激に覚醒する。

その耳障りな音の出処を探して、右手がふらふらと宙をさ迷う。

がっちゃん!
派手な音を立てて、目覚まし時計は無残にも床に転がった。

「ありゃ・・・」

眠い目をしばしばと瞬かせ、アタシはモゾモゾとベッドから這い起きる。

床に横たわる目覚まし時計を拾い、サイドテーブルにそっと戻す。
「ごめんなさい」
小声で呟き手を合わせた後、枕元にあったケータイを取り、時間を確認した。

今の時間と。

それから。

16時間の時差。

今は、日付すら違う、空の下。

「なにしてるかなあ、仁・・・」

ふう、とひとつ深呼吸をして。

「シャワー、シャワー・・・」

朝イチで浴びる熱いシャワーに最近加わった毎朝の日課は、
ロスの時間を確認すること。
そして、そこにいる仁を想うこと。


初めて、その話を聞いたときは、はっきり言ってものすごく動揺した。
グループでの活動を、言い方は悪いけど「放棄」までして、
まるで認知度のないアメリカでコンサートをすることに、
どれほどの意味があるのか。

アタシにはわからなかった。

でも、違う部分でアタシは。

ものすごく理解していたのかもしれない。

2月のソロコンサートで、あれほどまでに輝く仁を見せつけられて。
なんとなく、心の片隅に生まれた予感。

きっと、遠くに行ってしまう。


「ねえ・・・ひとりで演るの、好き・・・?」

初めてソロコンサートを観た日の夜、アタシの部屋に立ち寄った仁に
アタシはたまらず訊いてしまった。

返ってくる応えに、少しの恐怖を感じながら。

「へ?なんで?」
缶ビールを飲みながら、気が抜けるほど間抜けな声で仁が訊き返す。

「なんで、って・・・んー・・・なんか・・・いつもと違ったかなって・・・」

そこでアタシはいったん言葉を濁す。
言っていいのかな?いいのかな・・・?

「いつもより、楽しそうに・・・見えた、かなって・・・」

なんとなく、仁の顔が見れなくて、アタシの視線はフラフラと宙を彷徨った。
言って・・・良かったのかな・・・?
でも、そう感じたのは事実で。
事実・・・で・・・
アタシは仁のファンだから。
Aが、好きだから。
だから、この事実を認めるのことは自分の中でも大きな葛藤だったし、
それを仁が認めてしまったら、って考えると、胸の奥のほうで何かが
重くわだかまるような、そんなどうしようもない不安に襲われてしまうのだ。

「オマエさ、アレ、聴いた?」

唐突に、仁がアタシに尋ねた。
質問したのはアタシなのに。
突然の、しかもなんの脈絡もなく感じる質問に、
アタシは戸惑いながら、それでもなんとか応えようと言葉を発した。

「・・・アレ?」
「なんだっけ、カップリングに入ったんだよな、シングルの」
「ああ・・・ソロの新曲?英語の・・・」
「そう、アレ」
「聴いたに決まってんじゃん・・・」

アタシはくちびるを尖らせて軽く仁を睨む。
少しの気後れを感じながら。

「どう思った?」
「・・・?」
「どう思ったっつってんの。アレ聴いて」

仁の質問の意図を図りかねて、アタシは言葉を選びながら慎重に答えた。

「どうって・・・ファンへの・・・メッセージかな、って・・・」

「それだけ?」

「え?」

「それだけかって訊いてんの」
空になったビールの缶を両手の中で弄びながら、
こちらを見ずに仁がアタシに問い質す。

・・・
え。
もしかして。

アタシの思ったこと、わかってた?
初めてあの曲を聴いたとき、アタシが考えたこと。

この、YOUって。
ファンだけじゃなくって。

「メンバーへの感謝の言葉かなって・・・ちょっと、そんな風に思った・・・」

そう小さな声で答えてアタシはおずおずと仁を見た。

仁はそんなアタシをチラリと横目で見ると、ニッと笑ってこう言った。

「わかってんじゃん。じゃ、もうこの話、終わりな」
そしてよいしょと掛け声をかけて腰を上げると、空き缶をベコッとへこませて、
キッチンへと歩いていった。

「ええっ・・・!なによっ、それっ・・・」

そばにあったクッションを仁の背中にぶつけると、ポスッと間抜けな音がして
クッションは床に転がり、仁の楽しそうな笑い声がキッチンから響いた。


あのやりとりから1ヶ月後。

仁は、ひとりでアメリカへ行くことを決めた。


そのことをアタシに告げに来た仁は、今まで見たこともないくらい澄んだ目をして、
今まで感じたことのないほどの緊張に包まれていた。

告げられたアタシは。

最初は自分でも考えられないくらい動揺して。

その、別々の活動に対して理解できない思いももちろんだけど、
それより何より逢えなくなるのが。
本当に、イヤだった。つらかった。
だって、半年だよ・・・?
どうして?
アタシ、相談する価値もない存在だったの?

それから例えようもない落胆と、それと相まって生まれた怒り。

どうして?
どうして?

なんて言っていいかわからなかった。
可能性を試して欲しい。
夢を叶えて欲しい。
それは当然そうなんだよ。
自分の大好きな人が、やりたいことをやる、夢を叶える。
それを喜ばない人なんているはずがないよ。

でも。

逢えなくなるんだよ。半年も。

仁は、平気なの?
それでも、平気なの?

仁は、もう一度、Aに戻る意志が・・・

あるの・・・?


黙り込むアタシの頭を、仁がポンポンと、優しく、たたいた。

ハッとして顔を上げると、
少し困ったような、でも自信に満ちた、そしてほんの僅かだけど
不安を含んだ、いつもの仁の笑顔がそこにあった。

「待ってて?」

アタシは仁の目をじっとみつめる。
そこに、嘘なんてないことを、アタシは知ってる。

「って、この言葉、いろんなヤツに言ってんだよ、オレ」
ハハッと笑いながら、仁がもう一度アタシの頭をポンポンとたたいた。

「あ、ちゃんとは言ってないかもだけど・・・ファンのコとかさ、
あと、アイツらにも・・・」

仁が少し言葉につまる。
声が震えているのは、気のせいなんかじゃなく。

「オレ、がんばってくっから。ちゃんと、やってくっから。
だから、待ってて?」

それから、アタシに向き合って、仁がペコリとこうべを垂れた。

「おねがい、します」


その時、アタシはあの夜のことを思い出した。

A Pageの、その意味。
あの歌に仁が込めた、その想い。

アタシの両目から堰を切ったように涙が溢れる。

ポロポロと零れる涙を拭いもせず、子供みたいにしゃくりあげながら、アタシは言った。


「待ってるに決まってるじゃん!アタシが待ってなくて、誰が待つの!」


それから仁を思い切り抱きしめて。

「きっと、みんなが、そう思ってる・・・」

耳元でそう呟くと、仁の両腕が痛いほどアタシを抱きしめた。


「オレ、下手くそだけど・・・うまく伝えらんないけど・・・
でも、見てて?半年後、オレ、きっと、すげえことになってっから。見てて?な?」

アタシはもう何も言葉が出てこなくて。
ただ、うんうんって何度もうなずきながら、仁の髪を撫でていた。



ジリリリリリッ・・・・・

今日も同じ音で目が覚める。
いつもの朝の繰り返し。

でも、アタシにはその繰り返しが、未来につながる一歩一歩なんだ。

確実に時は過ぎていく。

一日一日はゆっくりと、でも確実に過ぎていくんだ。


仁。

思うとおりにしてね。
あなたの、思うとおりに。

アタシはアタシの日常を過ごしながら。

ずっとあなたを想ってる。


遠い、空の下の、あなたを。

離れてても。
どれだけ遠くても。


あなたの、帰る場所は、ココだから。


そして、もう一度、みんなで始めよう。

新しい、A Page。

それは必ずしも美しくはなく。
歪な形かもしれないけど。

でも、きっと、それこそが。
あなたの、輝く場所だから。